【昇竜のごとし】今年の
有馬記念の勝負のカギは、シンプルにコンディションだろうか。中でも3歳馬
イクイノックス。その勢い、上昇度合いは昇竜のごとし。紐解けば2歳夏、新潟9Fの新馬戦は後続を1秒チギる大楽勝。続く東京スポーツ杯は、
コントレイルには及ばないまでも歴代3位くらいに相当する中身の濃い1分46秒2で駈け、上り32秒9の末脚を繰り出し東京の坂で鮮やかな外強襲を決めた。だが胸前も臀部も薄く、キュウリに箸をさしたように体はぺらっぺら。
皐月賞前までに5カ月という異例の成長期間を必要だった。
いざ実戦でも、競馬に対する意欲は前向きかつ旺盛ではあるが、筋肉量が足りず最後踏ん張りが効かなかった。ダービーは、体重はマイナスだったが首や背腰が張り強度はワン
ランクアップ。流れは1000m通過・58秒9というタフなミドル。終い勝負は頭にあったか。ラ
イバルたちの動静や脚色を伺う絶好のポジションにおさまり、後半6Fを過ぎてもラップは緩まず。マイル通過は1分34秒9-1800m通過は1分46秒7-2000m通過は1分58秒2-2200mは2分9秒9。9-12Fの通過タイムは、どれもその距離のOPクラスの決着タイムに近く、しかもレースの上りを1秒6上回る33秒6の最速の上りを計測。
ドウデュースにクビ差競り負けたものの、従来のレコードを一気に塗りかえる、
エフフォーリア世代の昨年より0秒6速い、2分21秒9のダービーレコードで走破した。
ひと夏越えた天皇賞は、数字的に大きな変化はなくとも、首の上下動、背中の揺すり方、四肢の踏み込みがさらに強さを増し、
バランスが格段によくなり、骨格に似合う
シルエットに変貌を遂げた。あの
サイレンススズカなみの1000m通過・57秒4で大逃げを打ち後続を幻惑、2秒近く離れた後ろの二番手以下はスローに近い流れで進む、二律背反の不可思議なレースとなったが、逃げた
パンサラッサの上りは11秒6-12秒4-12秒7(36秒7)。後ろで脚をためていた
イクイノックスは逆に、上り32秒7で猛然と加速。ハラハラしたが終わって見れば1馬身差の完勝だった。ちなみに1分57秒5という走破タイムは過去十年では4位タイ。最速は2019年の
アーモンドアイの1分56秒2、次いで
レイデオロの1分56秒8,
エイシンフラッシュの1分57秒3と続くが、上位馬はすべて4-5歳馬たち。競争馬としてもっともアブラの乗った時期のものだった(去年の3歳馬エフォ
フォーリアは1分57秒8)。本馬の状態の良さは、まず首の使い方と力感に顕著。併せ馬の白い流星の上下動を見るとわかりやすいが、ハミを取ると一気に回転が上り、連れて後肢の送り込みが早くなる。
天皇賞でその仕草を見せたのは直前追い切りだったが、有馬時はひと足早い一週前から首がギュンギュンと動き、最終追い切りは上り11秒4で3頭併せの真ん中を軽快に突き抜けた。3歳馬の勢いと上昇力は清々しいなぁ。斤量は55キロ、仕上げはルメールJ。中山2500mはスタンド前で好位のポケットにおさめ、先行の形がもっとも効率が高く安全度が高い。過去
ディープインパクトを退けた
ハーツクライ、そして
サトノダイヤモンドはラ
イバルの
キタサンブラックを視界に置き、4角3番手の先行策から押し切りV。
オーシャンブルーや
クイーンズリングといった伏兵を2着にもってきたときは、道中徹底的にインにこだわりラチ沿いを強襲。中山の内回り2500mは直線が短いように見えて、3コーナー過ぎ外を回って追い上ると止まることを心得ている。
大目標は
タイトルホルダー。3歳クラシックは
皐月賞2着、ダービーは6着。三冠目の
菊花賞は2着に0秒8差の堂々の逃げ切り。前年の
有馬記念でも▲印を打ったが、
パンサラッサというやっかいな同型がいた。まだまだ体力不足、外枠で脚を使わされ坂上で足が止まってしまった。ただ、今にして思えば阪神3000m3分4秒6というタイムにも、もっと精査が必要だったか?
年明けの
日経賞は、中山の坂でも最速の上りが使え、春の天皇賞は前半1000mが60秒5、間の1000mが63秒1、そして最後の1000mは60秒0。11秒9-11秒5-11秒7で7馬身差独走。続く
宝塚記念は、二番手追走という形でも歩調やフォームを乱すことなく、1000m通過は57秒6,2000m通過は1分57秒3。後半5Fめから先頭に並びかけ、11秒9-11秒5-11秒7とピッチを上げた時点で後続は全くのお手上げ。終い2Fは12秒0-12秒4を要したものの、上り34秒3はメンバー中最速。
アーネストリーが保持していたレコードを0秒4更新する、2分9秒7で中距離最強馬のタイトルベルトを巻いた。
凱旋門賞は突然の雨、しかも道中二番手のブルームの執拗なまでの厳しいマークにあい、かなりスタミナを消耗する逃げを打たされてしまった。それでも直線を向いたときは、一瞬もしかして? ――いや、やっぱり甘くはなかったけれど、前半1秒緩い逃げが打てていたら11着は5-6着へ。良馬場だったら勝ち負け? ――
オルフェーヴルや
エルコンドルパサーは別格として、そのほかの日本馬ではもっとも内容の濃い
凱旋門賞だったように思う。ぶっつけになるが11月20日から時計を出しはじめ、水-木はCW、日曜日は坂路2本。入念かつタフなメニューを消化し、一週事にタイムと上りも精度アップ。稽古の仕草は3歳馬かと思うほど軽く若々しく、ラスト3F・36秒9-11秒6を馬なり。首をしっかり使い背中や後肢も回転率が上がり機敏に駆け抜けた。今年は単騎逃げが有望、横山和Jは戦法に一切の迷いがない。
大金星があるとすれば牝馬
ジェラルディーナ。母は7冠馬、5歳暮れの
有馬記念優勝でラストランを飾った。三番仔の本馬は、気性が繊細、紙のようにメラメラと燃えやすい。しかし条件戦時代から小倉、阪神とコースを問うことなく、上り33秒1-3を連発。中には10秒台と思しき推定ラップも含み、11秒台のラップを4F以上重ね、中距離重賞仕様の持久力も何気に示していた。
心技体が噛み合ったのは
オールカマー。福永Jが馬込みで我慢する競馬も教え込み、最内の中団をぶれることなく追走。横山武Jの中山2200mの捌きは元々定評があるが、力強く鮮やかなイン強襲に成功。
エリザベス女王杯は18番枠、加えて重馬場。傷んだ馬場を避け外強襲と腹をくくるしかなかったが、レースの上りが11秒-12秒3-12秒2(36秒4)に対し、自身のソレは35秒4。馬場差2秒以上の重馬場で最後の2Fはまちがいなく11秒8-11秒7見当の加速ラップを叩き出している。
中山および阪神2200mは中山2500mと連動率が高く、枠なりにインか。あるいは決め手勝負と思えば、追い出しはギリギリまで我慢。他より仕掛けをひと呼吸遅らせ外強襲劇のどちらも選べる。
ヴェラアズールも僅差。芝の長丁場、
京都大賞典で覚醒。引っ掛かり癖を念頭に置き、タメるだけためどれだけ終い切れるか。松山Jの腹をくくった後方待機の大胆さも功を奏したが、上り4F・11秒9-11秒3-10秒9-11秒7(3Fは33秒9)というレースラップを大外一気のゴボウ抜き。ゴール板が近づくにつれ加速力を増し、自身の上りは33秒2。稍重条件下、ラスト1Fは11秒を切っていたか。次元の違う末脚に、
ジャパンC好勝負を確信。JCは欧州のGIでも見ているかのように、前後左右各馬の距離の幅が小さく息の詰まりそうな密集馬群で推移。1000m通過は61秒1、誰も身動きでない。前半楽なぶん、ラスト4Fから一気に11秒7にペースアップ。続く3Fは11秒4-11秒3-11秒5(34秒2)。GI馬ならみんなこのくらいのラップで走れるが、馬群を縫うようにして
ヴェラアズールがグイとひと伸び。抜け出してからは余裕残し、着差は0秒1だが脚色が違っていた。ただ芝の長丁場を使うようになって、今回の間隔は最短。稽古はよく見せる馬ではないが、中間は気持ち身体が薄い。JC前より全体的に軽く、一週前追い切りもメリハリが乏しく感じた。最終追い切りでJC前と同じようにスイッチが入り、ラスト2F、手前をギュンと代え加速したが、前走はもう少し
パワーがあったよなぁ…。中山2500mは4月の
サンシャインSで経験しているが、コンディションも含め直線勝負にどう徹し切れるか。大胆と繊細の両方を求められる。昨年の
グランプリホース・
エフフォーリアは復活の兆候あり。
大阪杯は9着、
宝塚記念はブリンカー装着も不発。味覚の乏しい競馬しかできなかったが、今回は南Wのみならず、プール、ついでにゲート、丁寧に坂路で2本追いも取り入れ、上りだけを伸ばすだけではなく意識的に全体時計も速くしてきた。道中だらりんと走っていたそれまでと違い、身体を起こしハミ受けも手前の代え方も積極的になった。毛艶も見違えるように明るく、週刊誌の写真を見ると、春とは一変、臀部が立って見える。本年の3歳世代とはダービーの時計(今年より0秒6遅い))、そして
イクイノックスの天皇賞の時計にはわずかに劣り、世代レベル比較は微妙に劣勢だが、闘志さえ戻ればいつでもGIで主役級を演じられる。
大駈けがあれば
ボルドグフーシュ。本年の
菊花賞のタイムは前年の
タイトルホルダーより2秒2も速い3分2秒4のレコードで決着を見たが、前半1000m通過・58秒7というHペースの上に立ち、ラスト4Fめから11秒9-11秒9-12秒2-12秒9。肉を切らせて骨を断つ、心を揺さぶるHレベル決着となった。前崩れの展開に恵まれたとはいえ、最速の上りで猛然と追い込み、交わしたかと思ったほどのきわどいハナ差。
菊花賞優勝馬と2着馬とでは、天と地に近い扱いの差があるが、
オルフェーヴルも
ゴールドシップも、Hレベルの
菊花賞馬は
有馬記念もV。2着とはいえ記録なら
ボルドグフーシュも胸を張れる。3歳馬の勢いは昇竜のごとし。調教はうなっている。